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水戸地方裁判所下妻支部 昭和34年(モ)122号 判決 1960年9月30日

債権者 坂入隆二

債務者 松岡竜雄 外六名

補助参加人株式会社東陽相互銀行

主文

当裁判所が債権者、債務者等間の昭和三十四年(ヨ)第二八号仮処分命令申請事件につき昭和三十四年七月九日及び同月十一日にした仮処分決定は之を取消す。

債権者の本件仮処分の申請は之を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

債権者代理人は「当裁判所が債権者債務者等間の昭和三十四年(ヨ)第二八号仮処分命令申請事件につき昭和三十四年七月九日及び同月十一日にした仮処分決定は之を認可する。訴訟費用は債務者等の連帯負担とする。」との判決を求め、その理由として次の通り述べた。

『一、補助参加人株式会社東陽相互銀行(以下参加人銀行と略称)は、相互銀行業を営むことを目的とする資本金五千万円、発行済株式総数十万株(額面五百円)の株式会社であり、債権者は参加人銀行の株式五千株を有する株主である。

二、参加人銀行は、昭和三十三年十月二十二日午後一時参加人銀行本店会議室に於て第六十三期定時株主総会を開催し、第三号議案「役員全員辞任に伴う後任役員選任の件」を付議し、多数決を以つて債務者松岡竜雄、同萩谷徳一、同加藤俊介、同渡辺貞一郎、同藤原貞三、同本島弥一郎、同桜井保の七名を各取締役に、青木源吉、高橋英男の二名を各監査役に選任した。その後松岡竜雄が取締役会の決議により代表取締役に選任された。そしていずれもその頃これら役員の変更登記申請が水戸地方法務局下妻支局に為され登記手続を完了した。

三、然しながら、右役員選任決議を為した株主総会(以下二十二日の総会と略称)は、同年十月二十日午後一時参加人銀行本店会議室に於て開催された総会(以下二十日の総会と略称)において為された延期の決議に基づいて開催されたものであるが、二十日の総会は以下(イ)乃至(ホ)に掲げるような招集手続若しくは総会の開催手続の瑕疵(ハ)乃至(ト)に掲げるような決議の方法に関する瑕疵がある。

(イ)  二十日の総会は、招集状に昭和三十三年十月二十日午後一時と定めてあるにかゝわらず実際は三時間以上遅延した午後四時十分に至つて漸く開会された。

(ロ)  然かも参加人銀行側は二十日の総会に出席した株主に対し午後五時開会すべき旨告げながら突然午後四時過ぎ開会した。

(ハ)  右の如く時間を繰り上げて開会するに当つても参集した株主に対して総会会場に呼集めるため適切な措置を執らず全く抜打的に開会し、参集株主に出席の機会を与えなかつた。

(ニ)  参集した株主中右開会遅延の告知を受け午後五時を期して出席すべく場外に出た者もありこれらの株主は右の如き繰上げ開会に遭い出席の機会を奪われた。

(ホ)  開会の冒頭で議長より出席株主数及び議決権ある株数の報告もなかつた。

(ヘ)  右二十日の総会の出席株数は三万六百七株であつて、発行済株式十万株の過半数に達せず従つて定足数に欠けていた。

(ト)  同総会は開会して僅か一、二分の間に議長柴長左衛門が「本日の総会を十月二十二日午後一時に延期する」と一方的に宣言しただけで、出席株主に諮つて決議する手続を執らなかつたので、これを延期の決議があつたということはできない。

(チ)  仮りに延期の決議があつたとしても「十月二十二日午後一時」と延期の日時を定めただけで延期後の総会を開催さるべき場所についての議決がなかつた。

右のように不存在または無効あるいは取消さるべき瑕疵のある延期の決議に基づいて開催した二十二日の総会の役員選任決議は不存在または無効であるか取消さるべきものである。

四、また仮りに二十日の総会において、有効に延期の決議が為されたとしても、二十二日の総会に於ける出席株数六万五千九百七十九株中株式会社日本相互銀行、同平和相互銀行、同東京相互銀行、同千葉相互銀行名義の株式各一万株合計四万株が含まれているが右四万株は曩きに参加人銀行が自己の資金を支出して植木一也外数百名より買い入れ単にその株主の名義を右四相互銀行に書き換えたに過ぎない。すなわち参加人銀行は先きに株式会社茨城相互銀行との合併を計画し、株主総会における決議を有利にするため仮払の形式で自行の資金を支出して当時、時価一株三百五十円乃至四百円にすぎなかつた参加人銀行の株式を一株五百円で植木一也外数百名の株主より買い集め、これを一時柴長左衛門他六名の名義としていたところ該事実を債権者に指摘され、右四相互銀行に譲渡の形式をとり単に名義のみこれら銀行に変更したに過ぎない。右は参加人銀行に於て自己の資金を以つて買入れたものであるから名義の如何にかゝわらず自己株の取得というべく商法第二百十条に違反しその取得は無効であり参加人銀行のため単に名義のみ株主となつた四相互銀行には議決権がない。仮りに右四相互銀行が自己の計算に於て株式を取得したとしても、右四相互銀行は、単なる名義上の所有者であつた柴長左衛門他六名から参加人銀行の自己株である事情を知つて取得したものであるから、商法第二百二十九条により準用される小切手法第二十一条但書にいう悪意の取得者でありその権利を有効に取得するに由なく株主としての議決権がない。いずれにせよかゝる議決権のない株主の参加して決議した二十二日の総会の役員選任の決議には取消さるべき瑕疵がある。

五、以上の理由により債権者は、債務者等を相手方として、昭和三十三年十二月二十六日水戸地方裁判所下妻支部に対し二十二日の総会の決議無効確認の訴を提起し、目下同支部に訴訟繋属中であるが、これが本案判決確定まで放置するに於ては参加人銀行及び債権者に回復すべからざる損害を生ずる虞れがある。現に右決議により選任された債務者等役員は、参加人銀行の運営を誤りあるいは法令、定款を無視する行為に出で、参加人銀行及び株主に莫大な損害を与えつゝある。

すなわち

(イ)  右選任後の昭和三十四年五月三十日開催された第六十四期定時株主総会に於て、決算報告が総会の承認を得られず前期に引続いて無配当を継続するに至つた。

(ロ)  右総会に於て多数株主より債務者等役員の不信任の緊急動議が提出された。

(ハ)  債務者の一部は土浦市常陽新聞社長岩波健一に対し正当な理由なく、また取締役会の決議も経ず謝礼名義で金二十万円を支出した。

(ニ)  債務者等は参加人銀行の役員である債務者加藤俊介、同萩谷徳一に対し銀行の内規に違反して多額の貸出しを行い漸次その額が増加しつつある。

(ホ)  前記参加人銀行の自己株の議決権を債務者等自身に有利に利用せんと策動している。

六、そこで債権者は、債務者等を相手方として、参加人銀行の取締役または代表取締役の職務執行停止、代行者選任仮処分の申請をしたところ昭和三十四年(ヨ)第二八号仮処分申請事件として、同年七月九日及び同月十一日「金百万円の保証を立てることを条件として、本案判決確定に至るまで、各債務者等の参加人銀行の取締役ならびに代表取締役としての職務の執行を停止し、その職務代行者として萩原武、渡辺金之助、瀬崎憲三郎、北島義三郎をそれぞれ選任する。」旨の仮処分決定が為された。債権者の本申請は理由があるから右決定の認可を求める。』

債務者等の答弁に対して

『債権者が二十日の総会の開会を悪意を以つて遅延せしめたこと、同日柴議長が口頭を以つて二十二日総会を開催すべきことを告知したこと、債権者が提起した訴訟のため多額の費用を支出するに至つたことは、いずれも否認する』と陳述した。

債務者等代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め答弁として次のとおり述べた。

『一、債権者主張の一、二の事実及び三の事実中二十日の総会に於て、総会を二十二日に延期する決議が為されたこと、二十日の総会はその主張のように開会時刻を午後一時と定められていたが、三時間余遅延して開会したこと、開会に際し出席株主数及びその議決権数の報告を行はず、延期の決議に於て延期による総会の開催の場所を定めなかつたこと、四の事実中参加人銀行の株式一万株宛が四相互銀行名義になつたこと、五の事実中昭和三十三年十二月二十六日債権者より参加人銀行に対し株主総会決議無効確認の訴が提起され、目下繋属中であること、昭和三十四年五月三十日開催された第六十四期定時株主総会に於て、その主張のように決算報告が総会の承認を得られず、無配当を継続したこと、右総会で役員不信任動議が提出されたこと、参加人銀行が取締役会の承認なく岩波健一に二十万円を支出したこと、債権者から債務者等に対し、その主張のような仮処分の申請が為され、昭和三十四年七月九日及び同月十一日、その主張のような仮処分決定が為されたことは認めるが三、四、五のその余の事実はいずれも否認する。

二、そもそも二十日の株主総会は、招集権者より適法に招集せられたものである。同日午後一時開会の予定であつたが、流会を策した債権者の悪質な妨害に逢つて申請外河和松雄弁護士に預けてあつた委任状六万三千八百四十一株の到着が意外に遅れたので開会されたのは午後四時十分頃であつた。然しながら社会通念上、多少の時間の遅延は止むを得ないもので、これを以つて二十日の総会に於ける延期の決議が瑕疵あるものとなるわけではない。また開会時刻が遅れたのは、右委任状到着を故意に遅らせた債権者の責任であるから、禁反言の法理からいつて債権者はこれを主張し得ない。当時の柴社長は同総会の会場に於て、当日午後一時半頃債務者松岡竜雄をして出席株主に対し、開会が遅れる前記理由を充分説明させて了承を得出席株主は議場である本店会議室またはその附近で待機していたのである。午後四時十分頃最早右委任状が到着しないこと判明したため柴元社長は参加人銀行根岸総務部長及び総務部係員をして本店会議室内外に居た株主等を洩れなく議場に呼集させた上柴元社長が出席し、当日の出席株主委任状共二百五名、三万四千六百三十三株に「総会を同月二十二日午後一時に延期すること」を付議し、出席者全員の賛同を得てここに延期の決議が成立したのである。その際全員拍手を以つて答え異議を述べるものはなかつた。延期の会場及び議案はその際付議しなかつたが、二十日の会場と同じであることは当然のことであり、全株主にも明瞭に理解せられるところであつたので殊更に取上げなかつたのである。特別の決議がなくとも社会通念上決議の内容を欠くものではない。右議決に加わつた株数は参加人銀行の発行済株数十万株の過半数には達しないけれども参加人銀行の定款第十八条の規定によつて定足数は発行済株数の過半数を要しないから有効な決議である。また債権者坂入隆二は、当日午後三時頃入場し開会前の午後三時二十分頃一旦退場して午後四時十分頃開会した時再び出席したが延期の決議に異議を述べなかつた。いずれにしても二十日の総会には招集、開会に関する手続に違法なくまた延期決議は、有効に成立したのであるから、これに基いて後日開催された二十二日の総会は適法に招集されたものである。仮に二十日の延期の決議がなかつたとしても柴元社長が、口頭で出席株主に二十二日の総会招集の通知をしているから、二十二日の総会は有効に成立している。

三、株主総会の決議の瑕疵を事由とする決議取消の訴は、三ケ月の出訴期間の定めがある。債権者は二十日の総会に於ける延期決議から三ケ月以内に右延期決議そのものの取消の訴を提起せず、右延期決議の成立の瑕疵を理由としてこれに基く二十二日の総会の役員選任決議の無効確認取消の訴を提起しているに止まるから、右延期決議は、仮にその成立に瑕疵があつたとしても三ケ月の出訴期間の徒過により最早取消し得ないものというべきである。従つて右有効なものとなつた二十日の総会の延期の決議に基いて開会された二十二日の総会は何等の瑕疵なく開会されたものである。

四、二十二日の総会と役員選任決議自体も又有効に成立している、即ち

(イ)  二十二日の総会に参加した日本相互銀行他三相互銀行名義の四万株は該株式の譲渡人(前主)柴長左衛門他六名が参加人銀行より一時資金を借受けて植木一也他数百名の株主より直接買入れたものであつて、参加人銀行が買集めたものではない。従つて商法第二百十条違反の問題は起らない。

(ロ)  参加人銀行が自己の資金を支出して右植木等から株を買集めたとしても、これは参加人銀行が茨城相互銀行との合併を有利に導くため浮動株を安定株主に保持せしめる目的のため一時手許に置いたに過ぎない。これは後日安定株主として株主を取得する者のためになしたいわゆる第三者のためにする契約であつて自己株取得の商法の法条に違反するものではない。現に右株式の譲渡人である植木他数百名は、昭和三十四年六月頃念書を以つて右四相互銀行が本件株式を譲受けたことを異議なく承認している。

(ハ)  仮りに参加人銀行の右株式取得が商法違反だとしても右四相互銀行はこれが参加人銀行の自己株であつたという事情は全然知らずまた知らないことにつき過失がないから四相互銀行は有効に株式を取得したものである。

前叙のように四相互銀行は、有効に株式を取得したのであるから二十二日の総会に於て議決権を行使し得ることは当然である。

五、仮処分は、継続する権利関係につき著しき損害を避け急迫なる強暴を防ぐため之を必要とするときに限り許されるものであつて、本件のように、債務者等役員が善良なる管理者の注意を以つてその職務を執行しつゝあつた場合には、たとえ選任決議が本案訴訟で取消され債権者が損害を蒙ることがあるとしてもその額は極めて強力な仮処分により防止されねばならない程しかく著大なものではあり得ない。仮処分の必要性はいささかも存在しない。

(イ)  第六十四期定時株主総会で決算報告が否決されたのは前記四相互銀行の有する合計四万株が債権者の申請に基づく仮処分によりその議決権が停止されていたためである。債権者はその後この仮処分の本案訴訟を提起したが理由がなかつたことを自ら認めてこれを取下げている。参加人銀行がその第六十三、第六十四期に於て、無配当継続を余儀なくされたのは、債権者が専務取締役であつた当時の不良融資、導入預金その他の不健全経営の余韻と、債権者が参加人銀行を相手として、しばしば無用な訴訟を提起したためこれに応訴費用、その他債権者の不当な行為による費用(監督官庁の検査費用、検査役に対する報酬等)が嵩んだためであつて就任後未だ日の浅い債務者等役員の責任ではない。

(ロ)  右の総会で債務者等役員不信任動議が提出されたが理由がなかつたので直ちに撤回された。

(ハ)  訴外岩波健一に対する二十万円の支出は、参加人銀行の常勤役員会の決議を経て赤城協定斡旋(債権者と債務者等間に役員の選出に関し紛議を生じ赤城宗徳が仲裁したことがある)に尽力した謝礼として交付したものであるが、該金員は、常勤役員の決議を経れば支出し得る程度のものであり、参加人銀行内の紛争を解決するためのもので使途も正当なものである。

以上の如く二十二日の総会に於て為された役員選任の決議は何等の瑕疵がない。また債務者等に参加人銀行及び株主に対し著しき損害を与えるが如き行為がないばかりか、相互銀行は、業務の執行について、監督庁の厳重なる監督指示の下にあるのでたとい右選任決議に瑕疵ありとするも仮処分の必要性はない。従つて債権者の本件仮処分申請は理由なく却下せらるべきである。』

(疏明の提出及び認否)

債権者代理人は疏明として、甲第一、第二号証、第三号証の一乃至七、第四号証の一、二、第五乃至第十三号証、第十四号証の一、二、第十五、第十六号証、第十七号証の一、二、第十八号証の一、二、第十九乃至第二十一号証、第二十二号証の一乃至三、第二十二号証の四の一乃至八、第二十二号証の五の一乃至九、第二十二号証の六、第二十三乃至第二十八号証、第二十九号証の一、二、第三十乃至第三十九号証、第四十号証の一乃至三、第四十一乃至第五十四号証、第五十五号証の一乃至三、第五十六号証の一乃至五、第五十七号証の一、二、第五十八乃至第六十号を提出し証人市村克巳、同江田勝、同島田惣助、同秋葉礼夫、同塙光男の証言、債権者坂入隆二本人尋問の結果を援用し、乙第一、第二号証、第六号証、第十号証、第十三号証、第十四号証の一乃至三、第十七乃至第二十一号証、第三十二号証中の証書類、第三十三号証、第三十六号証の一、二、第三十七号証、第四十号証の一、二、第四十一、第四十二号証、第五十二、第五十三号証、第五十六号証、第五十八、第五十九号証、第六十四号証の一乃至四、第六十五号証、第七十六、第七十七号証、第七十八号証の一、二、第八十号証の一、二、第八十四、第八十五号証の成立はいずれもこれを認めるが乙第四号証の成立は否認する。その余の乙各号証の成立は知らないと述べ、

債務者等代理人は、疏明として、乙第一、第二号証、第三号証の一乃至三、第四乃至第六号証、第七号証の一乃至八十、第八号証の一乃至六、第九、第十号証、第十一号証の一乃至六、第十二号証の一乃至三百五十七、第十三号証、第十四号証の一乃至三、第十五号証の一、二、第十六乃至第二十一号証、第二十二号証の一乃至十四、第二十三乃至第二十七号証、第二十八号証の一、二、第二十九乃至第三十五号証、第三十六号証の一、二、第三十七乃至第三十九号証、第四十号証の一、二、第四十一、第四十二号証、第四十三号証の一乃至十四、第四十四号証の一、二、第四十五、第四十六号証、第四十七号証の一乃至三、第四十八号証の一乃至八、第四十九号証、第五十号証の一乃至四、第五十一乃至第五十四号証、第五十五号証の一乃至七十一、第五十六乃至第六十三号証、第六十四号証の一乃至四、第六十五号証、第六十六号証の一乃至三、第六十七乃至第六十九号証、第七十号証の一、二、第七十一乃至第七十七号証、第七十八号証の一、二、第七十九号証の一乃至九、第八十号証の一乃至四、第八十一号証の一乃至十一、第八十二乃至第八十六号証、第八十七号証一、二を提出し、証人野口利一、同谷貝昭、同柴長左衛門、同谷島定雄の各証言、債務者萩谷徳一、同加藤俊介の各本人尋問の結果を援用し、甲第一、第二号証、第三号証の一乃至七、第四号証の一、二、第五乃至第九号証、第十号証の郵便局作成の部分、第十一、第十二号証、第十六号証、第十七号証の一、二、第十八号証の一、二、第二十、第二十一号証、第二十二号証の一乃至三、第二十二号証の四の一乃至八、第二十二号証の五の一乃至九、第二十二号証の六、第二十三乃至第二十八号証、第二十九号証の一、二、第三十九号証、第四十号証の一乃至三、第四十一号証、第四十五号証、第四十八乃至第五十一号証、第五十二号証の職務代行者の記名押印部分、第五十三、第五十四号証、第五十五号証の一乃至三の各職務代行者の記名捺印部分、第五十六号証の一乃至五の各職務代行者の記名押印部分、第五十七号証の一のスタンプ押捺の部分、第六十号証の成立はいずれもこれを認めるがその余の甲各号証の成立は知らないと述べた。

理由

一、債権者より債務者等に対する昭和三十四年(ヨ)第二八号仮処分申請事件について、同年七月九日及び同月十一日債権者主張のような仮処分決定があつたこと、参加人銀行の第六十三期定時株主総会が、昭和三十三年十月二十日開催され、同総会の延期の決議に基き、延期された同月二十二日の総会の決議により、債務者等が取締役に選任されたものであること、右十月二十日の総会が、その招集手続による定刻午後一時に開会せらるべきところ、三時間以上も遅延した午後四時十分に至つて漸く開会されたことは、いずれも当事者間に争がない。

二、そこで、本件被保全権利の有無について判断する。

案ずるに、総会の開会時刻が、社会通念上から見て、是認し得る程度に遅延することは、手続上の瑕疵にならないと言い得べきも、右当事者間に争なき事実として掲記した如く午後一時と指定されてあるものが、三時間以上も遅延したような場合は、事由の如何はともあれ、開会時間を不確定とし定刻に参集した株主に対し、開会時に於ける臨席を困難ならしめるもので、著しくその手続が不公正であるといわざるを得ない。右のとおり二十日の総会には開会時刻遅延の点に於て、取消さるべき瑕疵があるから、かゝる総会に於ける延期の決議は取消さるべきである。従つて右のような瑕疵ある二十日の総会において、為された延期の決議に基き開催された二十二日の総会並びに同総会に於ける役員選任の決議も亦、当然その手続に瑕疵があり取消さるべきである。債務者等は、債権者が故意に右二十日の総会の開会時刻を遅延させたのであるから債権者は遅延については主張できない旨主張するが、本件全証拠によるも債権者が二十日の総会を故意に遅延させたという事実は之を認めることができないから債務者の右主張はこれを排斥する。なお債務者等は、二十日の総会で柴社長が、出席した全株主に口頭で、二十二日の総会招集の旨を告知したと主張するけれども、仮りにかゝる事実があつたとしても、それは、商法第二百三十二条の法定の招集手続ではないから、二十二日の総会招集手続が適法になされたということはできない。債務者等は、これに対し、延期決議の瑕疵は出訴期間の徒過によつて、最早取消されることのない完全に有効なものとなつたから、該決議に基いて開催された二十二日の総会の決議に対しては、右瑕疵を以つてその効力を争うことを得ない旨主張するのであるが、債権者は右延期の決議に開会時刻の遅延等取消さるべき瑕疵ありとして、これを理由として右延期の決議に基いて開催された二十二日の総会の役員選任決議取消の訴(当庁昭和三十三年(ワ)第一五〇号株主総会決議無効確認の訴)を、該決議の時から起算して三月内である昭和三十三年十二月二十六日に提起していることは、当裁判所に顕著な事実である。右延期決議そのものの取消の訴は、出訴期間の徒過により最早提起し得ないとしても、延期決議の瑕疵を理由に挙げて二十二日の総会の役員選任決議の取消の訴を右の如く出訴期間内に提起しているかぎり、同決議の効力を争うに当り、同総会が瑕疵ある右延期決議に基いて開催されたものであることを主張し得ない理由はない。然らば、該訴訟を本案とする本件仮処分申請において、本案と同じように、前記二十日の総会の延期決議の瑕疵を主張することは、許されるといわなければならない。

以上のとおりであるからその余の点を判断するまでもなく本件被保全権利は存在すると判断するのが相当である。

三、次に仮処分の必要性の有無の点について判断する。

(イ)  債務者等が取締役に選任されてから約半年後に開催された第六十四期定時株主総会に於て、決算報告が総会の承認を得られず、前期に引続いて無配当を継続したこと

(ロ)  右総会で、株主より債務者等役員の不信任動議が提出されたこと

(ハ)  参加人銀行が、岩波健一に取締役会の承認なくして金二十万円を支出したこと

は当事者間に争がない。

然しながらかゝる事実があるからといつて、これらの事実が、債務者等の業務執行が不当であつた結果であるか否かゞ疏明されないかぎり、直ちに仮処分の必要性を推認させるものではない。債権者は、債務者等が、決算報告が総会に於て承認を得られなかつたこと、参加人銀行が無配当を継続するに至つたこと、債務者等に対し不信任案の動議が提出されたことは、債務者等の業務執行が適当でなかつたため、会社に莫大な損害を与えた結果に他ならないと主張するのであるが、本件全疏明資料を以つてするもこれを疏明するに足りない。右決算報告の不承認、不信任案動議の提出、無配当継続という事態に立到つたのは、後記四認定のように債務者等に帰すべき事由ではない。

債権者は前記(ハ)の二十万円の支出は、不正な目的のためになされたものであると主張するが、成立に争のない乙第十三号証、証人野口利一の証言及び債務者萩谷徳一、本人尋問の結果を綜合すると右二十万円は昭和三十三年十二月頃債務者等取締役の一部で構成する常勤取締役会の決議に基ずき、岩波健一に赤城協定斡旋に対する謝礼として参加人銀行より支払われたこと、この赤城協定とは債権者が参加人銀行の経営に参加すべく債務者等(但し萩谷、桜井を除く)が茨城相互銀行との合併を容易ならしむる目的を以つて、参加人銀行の株式を買集めたことを攻撃して、種々の訴訟を起したため、赤城宗徳が仲裁に入り、右訴訟全部を取下げること等を内容としたものであること、参加人銀行においては、二十万円程度の支出で使途の明白なものは取締役会の決議事項でなく、常勤役員会の決議によつて支出し得る取扱なることが疏明される。他に右認定を覆すに足る疏明資料はない。

右認定の事実によれば、債務者等の一部が岩波健一に前記二十万円を贈与したことは、手続上も誤つているといえず、またその目的も参加人銀行の紛議解決のためであつて必ずしも不当であるとは断定出来ない。

次に債権者は、参加人銀行が債務者加藤俊介、同萩谷徳一に貸付を行い、その額が漸次増加していること、債務者加藤俊介に対する貸付は、内規に違反していることを主張するのであるが、本件全疏明資料を以つてするも、之を疏明するに足りない。かえつて成立に争のない乙第五十二、同第五十三号証、同第七十八号証の一、二、同第八十五号証及び証人谷島定雄の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第五十七号、同第七十九号証の一乃至八、債務者萩谷徳一及び同加藤俊介各本人尋問の結果を綜合すると、債務者加藤俊介が加藤食品工業所の代表理事をしていた頃、参加人銀行が、同工業所に融資していたこと、債務者加藤俊介は、二十二日の総会で参加人銀行の取締役に選任される以前から同工業所の代表理事を辞して、同人の長男加藤治美が同工業の代表理事となつていたこと、参加人銀行から同工業所に対して右就任後も融資しているけれども特にその額が増加したようなことなく、貸出利率が日歩二銭または二銭二厘のものもあるが、これは参加人銀行の営業成績をあげるために、同人またはその家族の定期預金を見返りとしたゝめ、とくに低利にしたこと、債務者萩谷徳一が、以前萩谷産業株式会社の代表取締役をしていた頃、参加人銀行から同会社に融資していたこと、債務者萩谷徳一が二十二日の総会で参加人銀行の取締役に選任されるや、同人は萩谷産業株式会社の代表取締役を辞し、同人の妻とみが同会社の代表取締役に就任したこと、参加人銀行から同会社に対し、その後も融資を行つているが、債務者萩谷徳一が参加人銀行の役員就任後特にその額が増加したことなく、むしろ漸減し、昭和三十四年八月四日完済されていることを認めることができる。

債権者は債務者等が日本相互銀行他三相互銀行名義の参加人銀行の株式合計四万株についてこれが議決権を債務者個人に有利に利用せんと策動していると主張しているけれども、この点についても本件全疏明資料によつても之を疏明するに足りない。

四、前記三掲記の争のない事実と成立に争のない乙第十号証、同第十四号証の一乃至三、同第十八、第十九、第二十号証、同第五十八、第五十九号証、同第六十五号証及び証人谷貝昭の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第十五号証の一、二、同第二十三、第二十四号証、同第四十七号証の一乃至三、同第四十九号証、債務者本人萩谷徳一尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる乙第二十一号証、同第四十八号証の一乃至八、同第五十一号証、証人野口利一、同谷貝昭、同谷島定雄の各証言、ならびに債務者萩谷徳一及び同加藤俊介各本人尋問の結果とを綜合すると次のような事実が一応疏明される。

参加人銀行は、その第六十二期決算(昭和三十二年十月始より同三十三年三月末まで)に於ては、第六十一期に比べ、総資金量が一億三千四百八十六万二千七百六十四円増加し、その純益金は、六百三十六万二百十九円を計上し、年六分の配当を継続したが、第六十三期の決算(昭和三十三年四月始より同年九月末まで)に於ては、第六十二期に比べ、総資金量が千七百二十九万九千八百六円の増加に止り、その純益金は二百四万五千六百三十三円に減じ、無配当に転落せざるを得なかつた。第六十四期の決算(昭和三十三年十月始より同三十四年三月末まで)に於ては、やゝ持直して総資金量は第六十三期に比べ一億五千四百八万五千七百五十三円の増加を見、純益金も五百二十七万二千百五十五円を計上するに至つたけれども、前期に引続いて無配当継続を余儀なくされた。第六十二期から第六十三期、第六十四期にかけて経営成績が挙らなかつた主な原因は、債権者が参加人銀行の専務取締役在職当時(昭和三十一年五月復職してから同三十二年五月辞職するまで)参加人銀行の機構を無視して、独断専行すること多く営業区域外の旅館業者等に約二十件約四千五百万円に上る回収困難な貸出しを行い、導入預金問題を惹起したこと、このため参加人銀行の労働組合の不信を買つて業務全般に悪影響を与えたため、債権者はこれらの責任を負つて昭和三十二年五月辞職したが、その後に於ても右不良経営が尾を曳いたこと、なお更に辞職した債権者が昭和三十三年六月頃より、参加人銀行と茨城相互銀行との合併案に反対して、参加人銀行に対して、次々に訴訟を起しこれが応訴に参加人銀行は第六十三期中だけで、約三百万円以上の臨時支出をしたこと、この訴訟騒ぎで一般の不信を買い、資金量が伸びず営業活動も不活発であつたこと、等があげられる。然し乍ら、昭和三十三年十月二十二日の総会で選任された債務者等役員の右被選任後、翌三十四年七月九日、本件仮処分により職務執行を停止されるまでの業務活動について云うなれば茨城相互銀行との合併問題を一応白紙に返して自主再建の方針の下前示労働組合の協力を得て、機構の改善、資金量の増加、支店の新設等の目標達成に鋭意努力していた。その結果その在任中である第六十四期は前記認定のとおり、第六十三期に比して僅かながら営業成績が向上している。なお第六十四期定時株主総会で決算案が否決され、債務者等役員の不信任動議が提出されたが、これは退社した柴元社長時代(第六十三期)の自己株取得問題と、これにともなう多額の支出を債権者等一派の株主が債務者等役員の責任として追求したもので、債務者等の在任中に失態があつてこれを責問した訳ではない。債務者等の中には前期(第六十三期)から引続いて取締役であつて自己株取得問題に関係したものもいるけれども、その後の役員改選により、債務者萩谷徳一、同桜井保のように全然新に選任された者も居るのであるから債務者等は柴元社長時代の取締役会とは全然別個の取締役会を構成して活動していたものである。この役員不信任の動議は債務者萩谷徳一が「反省して今後業務の伸展に努力する」と誓約したため撤回されている。

右のような事実が疏明される。

債権者本人尋問の結果右認定に反する部分は措信せず他に右認定を覆すに足る疏明はない。

右認定の諸事実によれば、前記当事者間に争のない(イ)乃至(ハ)の事実も結局債務者等の責任であるとは云い得ないから、これらの事実から債務者等の業務の執行が、法令または定款を無視して為されたこと、及びその業務の執行が参加人銀行及び株主に回復できない損害を与えたとか、或は損害を与える虞れがあつたということはできない。

五、民事訴訟法上に於ける仮処分命令は、将来に於ける強制執行保全の方法であつて、該命令により係争物の現状を保持し又は係争の権利関係につき仮りの地位を定め因つて他日判決、その他裁判上の手続により確定した権利の執行を為すに当り、容易にその目的を達せしめようとするにある。本件についてこれを見れば、前記二において説明のとおり、債権者の二十日の総会延期決議に基く二十二日の役員選任決議の瑕疵を主張する権利は一応是認されるが、これは飽くまで仮処分申請事件としてのものであり、その確定は本案事件の判決に俟つべく、未だ係争権利の確定前である仮処分の段階に於ては、全然その権利の本質を実現するような保全の目的を超越した仮処分命令はたやすく之を許すべきではない。しかも叙上説明のとおり債務者等に特にその職務に違反して業務を執行し、または執行する虞れの認められない本件にあつては、仮処分によつてその業務の執行を停止するまでの必要もない。

よつて債権者の本件申請はその理由がないから、当裁判所がさきに為した本件仮処分決定はこれを取消し、債権者の仮処分申請は之を却下する。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第七百五十六条の二を、各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒羽善四郎 亀下喜太郎 上野智)

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